RSS | ATOM | 検索

後悔

今思うと、1996年の10月から、父は崩壊を始めていたのだと思います。

にもかかわらず、精神を病み意味の通らぬことをしゃべる父を、一審の裁判官は法廷を侮辱していると主張し、幾度となく退廷させてきました。

その様子を見て、マスコミは詐病だとかき立て父を人格的に陥れました。

父は当時すでに、自分がどこにいて、何をしているか理解するだけの能力は、失っていたでしょう。

なぜ気づいてやれなかったのか。

どうして詐病だと信じ込み、父が壊れていくあいだ手をこまねいてしまったのか。

一審の弁護団に、父の病状を確かめることだってできたはずなのに、どうしてそうしなかったのか。

まだ子どもだったとはいえ、世間の風潮と本当の病気であって欲しくないという娘としての思いから、わたしは父が壊れるのをただ黙って見ていたのです。

父と面会ができなくなってから、すでに5年以上経ちました。

かつて父を心神喪失状態になるまで放置し、わたしは後悔しきれぬほど後悔しました。

今もまた、面会拒否の厚い壁の向こうで、父はただ一人闇に取り残されています。

これ以上、座視していることは、わたしにはできません。

父を鑑定して下さった精神科医の先生方は、治療すれば治る可能性があるとおっしゃって下さいました。

そういった言葉があったにもかかわらず、父は治療も受けられずに、放置されています。

――今、わたしにできること。

それはわたしが見てきた父の真実を、ありのままに公表することだと思います。

いかにレッテルを貼ろうと、父は詐病ではありません。

父は心神喪失の状態にあり、治療を必要としています。

いかに存在しない視力を押しつけても、父が全盲であることは間違いのないことです。

わたしはただ父に治療を施してもらいたい。

父が何も語れなかったことにより、いわゆるオウム事件の真相もわかっていません。

わたしは父自身の口から、何があったのか聞きたいです。

このままでは、真相もわからぬまま事件を風化させてしまうことになります。

それでは、教訓も得られず、似たような事件の再発も防げません。

なぜ父は治療も受けられなかったのか、その真実もわたしは知りたいです。


 
投稿者:松本麗華, カテゴリ:今までの経緯, 11:37
comments(7), -, -

「お父さん本当は目、見えるんでしょう?」

マスコミはどうでしょうか。

マスコミは、父は悪魔のような独裁者で、詐病を装ってはばからない卑劣で矮小な人間という人物像を作り上げました。

そのような人物像と、全盲の障害者というのは相容れません。

それに、もし全盲の障害者と認めてしまっては、マスコミは裁判所のやり方などに、疑義を呈さなければならなくなってしまうかもしれません。

マスコミは自分たちがつくった人物像を守るため、また、自分たちの責任から目を背けるために、父を調べもせずに「有視力者」としたのです。

わたしはマスコミに幾度も取材を受けてきました。

取材では、いつも同じようなやり取りがありました。

「お父さん本当は目、見えるんでしょ?」

「いえ、全盲です」

「見えるんじゃないの?」

「わたしが子どものころから、何も見えていません」

と答えると、途端にマスコミの人は興味を失いました。

全盲だというわたしの言葉が、報道されることもありませんでした。

まさしく、父が全盲であることは、隠蔽せねばならぬ事実だったのです。


 
投稿者:松本麗華, カテゴリ:今までの経緯, 09:48
comments(3), -, -

健常者なの? それとも要介助者なの?

東京拘置所は、父を文字通り24時間監視しています。

健康診断もありますし、父が全盲であることを、知らなかったはずがありません。

1996年4月、東京拘置所は父に車いすの使用を強要したそうです。

理由は、父が健常人と同様に歩けず、職員の介助が必要となり、移動時間もかかるため、というものでした。

歩きたいと願う父に、拘置所は、他の被収容者と同様に歩行ができない限り車いすを使用すると、父の願いを拒絶しました。

普通の生活を送っていると想像しにくいかと思いますが、拘置所に収容されている人にとって、歩く機会というのはとても大切なものです。

しかし父は障害者として車いすを強要され、大切な「足」までも奪われてしまったのです。

一方で、公的に父を「盲目」とするのではなく、目が見えることにしておけば、父が健常人と同じことができないということを理由に、懲罰をいつでも科すことができます。

なお、父が夜間にトイレの水を流したことで懲罰を科された件は、東京拘置所にいる他の方いわく、誰かしら夜間にトイレの排水装置をつかって流してしまう人はいるようで、「そのことで懲罰を受けるとは考えられない」とのことでした。

それが本当だとしたら、父はまさしく言いがかりをつけられ、懲罰を受けたことになります。
投稿者:松本麗華, カテゴリ:今までの経緯, 11:03
comments(3), -, -

三権分立は本当だと思いますか?

こんなことを書くと、裁判所はそんなことはしない。

裁判は公平だとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

――1989年、愛媛県の松山市で追い詰められたタイ人女性による、殺人事件がありました。

この裁判は満足な通訳もないまま進められました。

支援団体は、タイ人通訳人を補佐するタイ語に堪能な日本人通訳人を法廷に配置するよう求めましたが、裁判長には届きませんでした。

判決時、裁判長は、

「判決理由の補足説明については、通訳の必要はありません。検察、弁護人、日本語のわかる傍聴人は聞いてください」

と言い放ちました。

「補足説明」は長く、法廷内でそれが理解できない者はただひとり、被告人だけだった(深見史著:『通訳の必要はありません』)そうです。

裁判所は、一体どこをむいて裁判していたのか。

検察、弁護人、傍聴人のためのものだったのか。

父の裁判でも、まったく同じことが行われました。

裁判所は、差別しても批判されない相手に対しては、まっとうな手続きすら取ることを厭うのです。

そもそも、三権分立とはいわれていますが、裁判所は決して独立した機関ではありません。

最高裁判所の長官は内閣が指名、裁判官は内閣が任命します。

下級裁判所の裁判官は最高裁判所が作成した名簿によって、内閣によって任命されます。

つまり、三権分立どころか、時の政治の影響を強く受けるのが、裁判所という組織です。

実際、一時期、国家体制に都合の悪い判決が相次いだあと、内閣は政策に理解を示す傾向の強い最高裁判所長官・裁判官を指名・任命するようになりました。

また、長沼ナイキ訴訟を担当する札幌地裁の福島重雄裁判長に対して、同地裁の平賀健太所長が、判決の方向性を指示する書簡を交付した『平賀書簡事件』をはじめとして、個々の裁判官の独立を侵害する圧力が裁判所の内外からかかるようになりました。

最高裁が是認できない違憲判決などを下した裁判官が、支部の裁判所や家庭裁判所に左遷させられた例は枚挙にいとまがありません。

これらの施策によって下級裁判所での違憲判決は抑制されるようになりました。

つまり、裁判所は政治的な動きから離れたところにはなく、政治の影響を色濃く反映するところといえます。


 
投稿者:松本麗華, カテゴリ:今までの経緯, 10:51
comments(3), -, -

視力があると決めつけられる理由

しかし――と思います。

父には全盲を装う利益はありませんが、父に視力があると決めつけた人たちには、父に視力があると決めつける利益があったのではないか、と。

父は逮捕後、「早く裁判を終わらせろ」「早く殺せ」という世論の圧力にさらされて来ました。

裁判所は父が障害者であろうとなかろうと、病人であろうとなかろうと、とにかく裁判という劇を終わらせねばなりませんでした。

裁判所は父の弁護人がそろう前から、

「この事件は世界に注目されている事件である。できるだけ速やかに裁判を終えたい。裁判所としては、5年以内に判決を出したいと考えている(安田好弘著:生きるという権利)」

と言ってはばかりませんでした。

裁判官は立場上予断を排除せねばならなかったのに、裁判前から刻限を切るほどに、結論は決まっていたのです。

結果として父の裁判は、被告人である父抜きに進められました。

父の精神が崩壊し、いわゆる「不規則発言」などがあると、法廷を侮辱していると父に責任を負わせ、退廷させてきました。

その行動は「詐病を装ってまで死刑を回避しようとする、卑劣な人物」として、マスコミに報道され、マスコミの視聴率や売上げアップに寄与しました。

裁判所の行動は、マスコミによって肯定されたのです。

しかし、ここで父が全盲だったらどうなっていたでしょう。

父が全盲であれば、事件に関して父が果たした役割はなんであったのか、事実認定に時間がかかります。

時間がかかれば、裁判所はマスコミにバッシングされる。

全盲である父に障害者として必要な気を遣えば、やはり、マスコミにどうバッシングされるかわかりません。

逮捕後の父の扱われ方を見ると、父は目が見えていなければならなかったのだと思います。


 
投稿者:松本麗華, カテゴリ:今までの経緯, 09:36
comments(3), -, -