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事件を語れるのは父しかいない

わたしは、東京拘置所は、意図的に父を壊しているようにしか思えません。

わたしは父と話がしたいです。

父が何を考えていたのかを知りたいです。

他の記事にも書きましたが、父の「事件」とはいったいどのようなものだったのかを父の口から聞きたいです。

 
投稿者:三女, カテゴリ:父が全盲であることについて, 10:11
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父の介護をしたい

わたしは、父の介護をしに行きたいです。

父を清潔にし、食べ物を1つのどんぶりに全部混ぜて食べさせるのではなく、
「これはごはんです。これはお味噌汁ですよ。お味噌汁の具はわかめですね」
と声をかけながら、食事を食べさせてあげたい。

精神科医であり作家でもある加賀乙彦先生が、かつて大阪拘置所で、死刑囚を一緒に食事をさせたり、一緒の行動をさせたりしたら拘禁反応がかなり消えたそうです。

加賀先生も父を治すことは可能だと仰っていました。

置かれている環境を変えれば治るのであれば、外部から虐待以外の刺激を受ければ、父はもしかしたら少しはよくなるかもしれません。

しゃべれるようになって、やがては事件について語ってくれるかもしれません。


 
投稿者:三女, カテゴリ:父が全盲であることについて, 09:12
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糞尿まみれの部屋に放置

精神安定剤/向精神薬を飲まされた、あるいは注射されていたという複数のソースがあるということは、父が父の望まない薬品を飲まされ、あるいは注射されていた事実はおそらく間違いないのではないかと思います。

父が差し入れ品しか食べなくなったため、東京拘置所は注射に切り替えたのかもしれません。

その東京拘置所は、一日に一回しかおむつをかえず、汚物で汚れた部屋に父を放置していると、元衛生夫の方はおっしゃっています(「週刊新潮」2014年2月6日号)。

人は糞尿まみれの部屋に放置されるだけでも、病気になるでしょう。

 
投稿者:三女, カテゴリ:父が全盲であることについて, 20:29
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父も気づいていたようです

父が東京拘置所に移管された直後の1996年4月初めから父は東京拘置所が提供する食事を一切とらなくなりました。

代わりに、薬を混ぜ込めないような食べ物の差し入れ依頼が家族に来るようになりました。

当時は修行のためかと思っていましたが、父が差し入れ依頼をしてきた食べ物のリストを見ると、目が見えなくても薬が混ぜられていないとわかり、安全に食べられる食べ物ばかりでした。

それとは別に、医師が父に精神安定剤を注射しているところを衛生夫が見たという週刊誌の記事もありました。

 
投稿者:三女, カテゴリ:父が全盲であることについて, 10:17
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過剰な向精神薬の投与が招いた結果

そんな父の状態が、週刊誌に載ることがあります。

それを読むと、わたしは父の介護をしに行きたくなります。

視力がない父から歩くことを奪い、森達也さんの「A3」(集英社インターナショナル)によれば過剰な向精神薬を投与し、父を壊したという東京拘置所(63〜64ページ)。

実はわたしも森さんが聞いたとする取材元から直接、父が向精神薬の影響から逃れるため、飲尿療法をしていたという話を聞いています。

「しかし、抵抗しきれなかったみたいだ」
と、その方は仰っていました。




 
投稿者:三女, カテゴリ:父が全盲であることについて, 10:47
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