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すこしお休みをいただきます

桜 三女アーチャリーのブログ

厳しかった寒さもやわらぎ、暖かくなって来ました。

一年が巡り、もう桜の季節ですね。年月が経つのははやいものです。

父とわたしが最後に面会ができたのは、確か2008年の5月12日のことでした。

あれから、6年が経とうとしています。

目が見えず、しゃべることもできず、自分がどこにいるかもわからない、おそらく人間として扱われていない父は、今も東京拘置所によって、隠ぺいされています。

さて、ブログに関してですが、「今までの経緯」のアップが一段落しましたので、すこしお休みをいただきたいと考えています。

投稿を再開したら、またよろしくお願いいたします。


 
投稿者:三女, カテゴリ:お知らせ, 15:29
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東京拘置所に行ってきました

スカイツリー 三女アーチャリーのブログ
今日、父との面会を求めるために、東京拘置所に行ってきました。

結果は、やはり会わせてもらえませんでした。

お父さんに会いたい。お父さんを見たいな……。

父が認識してくれないことはわかっていますが、父を隠さないでほしい。

面会妨害が早く終わることを祈っています。

拘置所の正面からは東京スカイツリーが見えます。

拘置所の周りも、景色が少しずつ変わっていきます。


 
投稿者:三女, カテゴリ:ひとやすみ, 20:36
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後悔

今思うと、1996年の10月から、父は崩壊を始めていたのだと思います。

にもかかわらず、精神を病み意味の通らぬことをしゃべる父を、一審の裁判官は法廷を侮辱していると主張し、幾度となく退廷させてきました。

その様子を見て、マスコミは詐病だとかき立て父を人格的に陥れました。

父は当時すでに、自分がどこにいて、何をしているか理解するだけの能力は、失っていたでしょう。

なぜ気づいてやれなかったのか。

どうして詐病だと信じ込み、父が壊れていくあいだ手をこまねいてしまったのか。

一審の弁護団に、父の病状を確かめることだってできたはずなのに、どうしてそうしなかったのか。

まだ子どもだったとはいえ、世間の風潮と本当の病気であって欲しくないという娘としての思いから、わたしは父が壊れるのをただ黙って見ていたのです。

父と面会ができなくなってから、すでに5年以上経ちました。

かつて父を心神喪失状態になるまで放置し、わたしは後悔しきれぬほど後悔しました。

今もまた、面会拒否の厚い壁の向こうで、父はただ一人闇に取り残されています。

これ以上、座視していることは、わたしにはできません。

父を鑑定して下さった精神科医の先生方は、治療すれば治る可能性があるとおっしゃって下さいました。

そういった言葉があったにもかかわらず、父は治療も受けられずに、放置されています。

――今、わたしにできること。

それはわたしが見てきた父の真実を、ありのままに公表することだと思います。

いかにレッテルを貼ろうと、父は詐病ではありません。

父は心神喪失の状態にあり、治療を必要としています。

いかに存在しない視力を押しつけても、父が全盲であることは間違いのないことです。

わたしはただ父に治療を施してもらいたい。

父が何も語れなかったことにより、いわゆるオウム事件の真相もわかっていません。

わたしは父自身の口から、何があったのか聞きたいです。

このままでは、真相もわからぬまま事件を風化させてしまうことになります。

それでは、教訓も得られず、似たような事件の再発も防げません。

なぜ父は治療も受けられなかったのか、その真実もわたしは知りたいです。


 
投稿者:三女, カテゴリ:今までの経緯, 11:37
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今日は、一休み

東京拘置所 三女アーチャリーのブログ

私はときどき、拘置所に行きます。

なんとか父を一目見ることができなかという気持ちからです。

わたしは今、父と面会ができません。父の姿を、見ることもできません。

いつも思います。

父の状態があまりにもひどいからこそ、面会をさせられないのだと。

面会ができていた頃よりももっと、父の状態がひどくなっているのだろうと思い
ます。

面会ができているときも、父とは「会っている」感じがありませんでした。

どこかまったく違う世界にいる父 を「見」ていることしかできない。

しかも、いつもつらそうな父。

面会できているときは、そんな父を「見る」のがつらかったです。

でも、今となれば、贅沢な悩みだった。

もっともっと面会に行けばよかったと思っています。


 
投稿者:三女, カテゴリ:ひとやすみ, 20:02
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「お父さん本当は目、見えるんでしょう?」

マスコミはどうでしょうか。

マスコミは、父は悪魔のような独裁者で、詐病を装ってはばからない卑劣で矮小な人間という人物像を作り上げました。

そのような人物像と、全盲の障害者というのは相容れません。

それに、もし全盲の障害者と認めてしまっては、マスコミは裁判所のやり方などに、疑義を呈さなければならなくなってしまうかもしれません。

マスコミは自分たちがつくった人物像を守るため、また、自分たちの責任から目を背けるために、父を調べもせずに「有視力者」としたのです。

わたしはマスコミに幾度も取材を受けてきました。

取材では、いつも同じようなやり取りがありました。

「お父さん本当は目、見えるんでしょ?」

「いえ、全盲です」

「見えるんじゃないの?」

「わたしが子どものころから、何も見えていません」

と答えると、途端にマスコミの人は興味を失いました。

全盲だというわたしの言葉が、報道されることもありませんでした。

まさしく、父が全盲であることは、隠蔽せねばならぬ事実だったのです。


 
投稿者:三女, カテゴリ:今までの経緯, 09:48
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