感染力高し!“差別され菌”!! 2
弁護士の松井武先生は、わたしの恩人である。2000年、わたしは被虐待状態にあった弟を見るに見かねて助けようとしたことから、逮捕された。先生は足しげく面会に来てくださり、しかもわたしの身元引受人にもなってくださった。このとき、わたしはありがたいと思うと同時に、怖くてたまらなかった。
わたしを人間扱いしたら、先生どうなっちゃうの? 父の主任弁護人だった安田好弘先生は、罪をでっち上げられて逮捕されたんじゃなかったっけ。身元引受人までしていただいたら、松井先生は――!
あれからもう17年。松井先生とは今もお付き合いいただいている。幸い、松井先生は逮捕はされなかった。しかし、多くは語られないが、わたしや父の裁判に関わったということで、仕事を失うなど苦労されているようだ。松井先生だけではない、わたしや父の裁判に関わった弁護士さんは、依頼を受けた後でも、後からインターネットなどでわたしたちの裁判に関係したとわかると、「やっぱりお断りします」と一方的に依頼を断られてしまうという。
もう15年以上前だが、弟たちが小学校や中学校の就学を拒否されたとき、いろいろ助けてくださった方がいる。人権団体の知り合いがいっぱいて、一緒に助けようと声かけてくださったのだけど、縁を切られてしまったという。
2000年にアレフが創設されたとき、オウム真理教は消滅した。実はアレフはオウム真理教とは別団体で、入会するためには新たに会員届けを出す必要があった。このとき、アレフに入会せず、教団を離れ、社会で生きていく道を選んだ人たちもいた(もちろん、わたしも入らなかった。組織にうんざりしていたし、学校に行きたい、日本で生きてみたいって思っていたから)。
ところが、教団と連絡も取らず自活していても、わたしと関わりがあると「隠れ信者」や「偽装脱会者」にされてしまう。偽装「脱会」するためには、一度は入会しないといけないはずだが、そんなことは関係なかった。
教団から離れたら、過去の人間関係をすべて切り、当然、麻原の娘とも縁を切るというのが「常識」らしい。個人的な人間関係は一切存在しないと思われているのだろか。
わたしにも、幼なじみもいるし、友人もいる。教団を離れた後に、親代わりになってわたしの面倒をみてくれた人もいる。そういう人は教団と関係ないのに、わたしと関われば「偽装脱会者」などと扱われてしまう。わたしの「差別され菌」が移ってしまう。
ことはそれだけではすまない。相手が、「元信者」だと、今度は相手の「差別され菌」にわたしも感染してしまうのだ。例えばわたしに「元信者」の友人がいると、わたしは「偽装脱会者」や「隠れ信者」と関係があり、教団と関係しているということにされてしまう。その友人は、わたしと関係しているので「偽装脱会者」となり、教団の一員ということになる。
頭がこんがらがる。これって、理屈として成り立っているのだろうか。元信者とわたし。二人だけの関係なのに、教団との関係になってしまうのだ。もうよく分からない。
この周りの人が感染していくという現実は、とても辛い。自分の存在が、周りに迷惑をかけているように見え、「生きていてごめんなさい……」と思う。わたしが生きるために、助けてくれたがために、ごめんなさい。わたしが生きることをあきらめていたら、ご迷惑をおかけしなかったのに。そんなことを思ってしまう。
宇未がこの前、「わたしは、自分のことを病原菌やカビ菌と同じだと思っている。わたしたちに関わってくれる人がいると、怖くなる。差別が感染するから」と言っているのを聞いて、あー、やはり同じように感じているんだと思った。
このような経験ばかりだったから、2015年3月に『止まった時計』を発表した以降も、誰かと一緒にお食事して、記念に写真を撮ってもらっても、考えこんでしまってブログやTwitterにアップできないことが多かった。ご迷惑をおかけするんじゃないかと、頭によぎってしまうから。
同様に、人から「ツイート」したよといわれても、「いいね!」をクリックしたり、リツイートしたりすることを躊躇してしまう。わたしがそれらに反応したことが分かれば、「差別され菌」に感染させないかと心配になるからだ。
Twitterなどで拡散されているようだが、先日、AbemaPrimeの収録でご一緒させていただいた、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さん、ジャーナリストの堀潤さん、博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平さんらとモーニングをしたときのツイートもそうだった。
村本さん、堀さん、原田さん、そして同席していた女優で声優の春名風花ちゃん(以降は、愛称のはるかぜちゃんとします)が写真付きでツイートしてくれた。
わたしは、村本さんたちがわたしとの関係を隠さずに堂々とツイートしてくれたと知り「本当に友達なんだね」と嬉しくて涙が出そうだった。しかし、同時に「差別され菌」が心配だった。
しばらくして、はるかぜちゃんのTwitterが荒れてきた。
心ない言葉がはるかぜちゃんに次々と投げかけられていた(わたしに対しては言わずもがなだが)。彼女のツイートには、仕事の降板までも仕事関係者に要求されたという内容も飛び出した。わたしの存在がまた迷惑をかけてしまった。
しかし、そのようなわたしの気持ちをよそに、ネットニュースにも取り上げられ、徐々に話が大きくなっているようだ。
はるかぜちゃんはたった一度、1時間半ほどの時間、食事を一緒にしただけなのに、一人の人間としてわたしを尊重してくれている。そのことが彼女のバッシングの原因になってしまっている。わたしははるかぜちゃんを声優さんというぐらいしか知らなかったし、はるかぜちゃんもわたしのことは詳しく知らなかったと思う。
わたしを応援するイコール、教団を応援する、あるいは事件を肯定するという訳では決してない。わたし自身、事件も教団も否定している。
――お願いです。
わたしと関わったというだけで、相手の方を批難するのはやめてください。どうか、心ない嫌がらせをしないでください。
わたしを理由に、差別や排斥を広めないでください。
わたしの「差別され菌」が感染力を失うことを、心から願っています。
最後になりましたが、わたしを生かしてくださっている方々に感謝いたします。本当に、本当に、本当にありがとうございます!!!
「感染力高し!“差別され菌”!! 2」への19件のフィードバック
あたしゃ別に「三女アーチャリー 熱愛発覚 !!」報道されてもかまわんよ。
「差別され菌」というのは、貴女の側からの表現ですね。見方を変えれば、「脛に傷持つ人間の石投げ症候」の被害者が広がる。「弱い」と思った人間を攻撃する。(春名風花さんが弱いとは私は思わないが・・・その頭の良さが解らないものが石を投げる)
これは、第2次大戦後の日本にもいろいろ転がっていました。戦争中は、「お国のために死ね」と教育していた人間が、8/15以降は「軍部のせいで我々はひどい目にあった」と石を投げる側に回る。
オウム真理教事件に関しても、平和ボケの日本、宗教の権利問題など、今までの知識人と世論が、多く目をつぶってきたものが、火を噴きました。
これを見るのが怖い一部の人間は、石を投げる側に回ることで、心の安定を得ようとしたのでしょうね。
>この周りの人が感染していくという現実は、とても辛い。
>自分の存在が、周りに迷惑をかけているように見え、「生きていてごめんなさい……」と思う。
>わたしが生きるために、助けてくれたがために、ごめんなさい。
>わたしが生きることをあきらめていたら、ご迷惑をおかけしなかったのに。
>そんなことを思ってしまう。
私はりかさんほど壮絶な人生は送っていません。
なのに生意気なことを言わせてもらいます。
別に迷惑かけていいんじゃないでしょうか。
りかさんじゃなくても人間はみんな大なり小なり誰かに迷惑をかけながら生きてますよ。
それを忘れてる人は独りで生きてる気になってるけど、誰かの力を借りずに生きてる人なんて誰もいなくないですか?
完全なる自給自足で自己完結してる人なんて、そんな人ドラマの北の国からの黒板五郎(架空の人物)くらいしかいないと思う。
自分のところで塞き止めなければそれでいいんだと思います。
誰かに迷惑をかけた、お世話になった、助けられた。
じゃあ今度は自分が助け返そう、その人本人へのお返しだけじゃなくて
誰か助けを必要としてる人がいたら、困っている人がいたら、今度は自分が助ける側に回ろう、手伝おう。
それでいいと思います。情けのバトンタッチとかリレーみたいなもんです。
人間は誰しも本当はそうやって誰かに情けのバトンを渡されて生きてるんじゃないですか。
受け取ったバトンを次の人に渡すのを心がけとして忘れなければいいだけで。
人を助けてくれた人って、その人自身も以前どこかで誰かに助けられた人、情けのバトンを渡されていた人なんだと思いますよ。
りかさんの場合は、人に迷惑をかけたと感じる理由がたまたま親のことだった。
でも、りかさんの場合の理由がたまたまそうだったというだけで、
ほかにも世の中にはいろんな理由でいろんな迷惑を人にかけて、
その都度誰かの情けに助けられた人がいると思う。
人はみんな誰かの情けに生かされて生きている。
世の中の他の人も、りかさんも、誰かに生かされているって意味で実はそんなに差は無いんじゃないでしょうか。
それをいちいち迷惑だなんて卑屈に感じる必要無いと思います。
だって今のりかさんなら、自分が困ってる人を助けるのを「困ってる人から迷惑をかけられた、迷惑だ」
とは思いませんよね?
でも世の中には、残念ながら自分も人に生かされてるだけだって気づけない人、忘れてる人もいる。
概してそういう人たちは傲慢で自己中心になりがちだし、自分が絶対正義の代弁者だと思っている。
傲慢だから、自分は自分の正義の尺度で誰かを責めたてるだけで、誰かを手を差し伸べて助けてやる必要などないと思っている。
自分もよく誰かに助けられているってことを気づけない、覚えていない。
りかさんとりかさんを助けてくれた人、それを責める人たちに何か差があるとしたら、その点だと思います。
自分がそういう人たちの一員にならなければいいだけです。
りかさんは贖罪意識があるからって誰にでもいい顔する必要など無いです。
自分が誰の仲間になりたくて、誰と同じになりたくて、誰と一緒で一員でいたいか。
自分で居場所や仲間を選ぶ主体性はりかさんにもあって然るべきです。
おかしな連中の相手をする必要ないし、縁を切っていいんですよ。
差別する輩は、自分から縁を切ってしまいましょう。
心に得られるものがある人たちとだけつきあっていいと思います。
雑音は無視して、そういう素晴らしい人たちの仲間にふさわしい自分を目指せばいいだけなんです。
しっかりと生きてください。あなたには何の罪もないのですから。しかし実害をたくさん受けてきた。辛かったですね。あなたが悪いことをしたのではない。支えてくれる周りの方もおられる。一生懸命生きましょう。時には泣いたり、怒ったりしていいから、絶対「菌」なんかじゃないです。一人の女性です。
”ありがとう”
なんて素敵な言葉でしょう。
麗華さんは独りではありません。
友だちや、理解してくださる方々を裏切ってはなりません。
悲しませてはなりません。
差別する人間はその次元の人々なのです。
間違っても死のうなどとは考えないでください。
(o^^o)
麗華さんは優しい。
麗華さんは、日本に必要な方ですよ……
居酒屋むらじゅんでウーマン・村本さんとの対談、はるかぜちゃんとの食事…
最近、タレント気取りしている麗華さんが目障りです…タレントじゃないし、父親の名前と悲劇のヒロインぶってるだけで、視聴者が不快になり反感を持つ事を34歳にもなってわからないんですか?精神年齢12歳のまんま…
差別を受けて辛いと言ってますが、自分自身も知らず知らずのうちに人を差別してないか、よーく考えてごらんよ。
第一、はるかぜちゃんは麗華さんの友達なんかじゃない。仕事柄、フォローしているだけ。勝手に麗華さんに友達に思われて、はるかぜちゃんが可哀想。父親の治療を強く求める内容は不快ですし、人に迷惑かけている事を考えなさい。
Facebookもやってるんですね。さっき、知りました。
結局、麗華さんはお友達が欲しいの?父親の死刑反対の味方が欲しいの?それをはっきりさせないのでは、麗華さんに友達選ぶ権利なんかない。反感かうことばかりFacebookに書き込むから、中傷される。中傷する奴は切る。売り言葉に、買い言葉。カウンセラーの資格をお持ちなら、人に嫌われる事をしないようにする、わかって当たり前。なんでわからないんですか?大学で何を学んできたの?
麗華さんとは、個人的にFacebook友達になんかなりたくない。他の人が楽しんでるFacebookで、父親の話し買いて、空気読めないの?だから友達切られるんだよ。
言わずもがなとは思いますが、感情を垂れ流すコメントは、全部無視して下さいね〜
単なる文字の羅列です。聞くべき意味は全くありません。
野良犬に噛まれたら、さっさと追い払って、傷の手当てをするだけです。
品格ある生き方を教えてくれる言葉に意味があると思います。心から応援しています。
差別。。
人はそれぞれ
立場も違い
考え方も違います。
だから
「自分が差別されている。
差別する人は悪い。」
という論調で
誰かにの同意を求めても
自分本位のエゴを増長させ
自分の首をしめるように
苦しみが続きます。
もう、、
そろそろ
過去は水に流して
自分の人生を生きてはどうですか?
この世界は素晴らしい。
幸せになる「許可」を自分に与えてくださいね。
居酒屋むらじゅんの動画を拝見しました。
麗華さんの気持ちを理解してくれる人がまた一人二人増えてよかったなと思いました。
また麗華さんだけでなく、村本さんや堀さん達の優しいお人柄がたくさん垣間見れる動画で、むしろ彼らのファンになりました。(笑)
私から見たら非難するマスコミは悪玉菌で、むらじゅんさん達は善玉菌です。
もっと優しい日本であってほしいな。
麗華さんになんの罪もないのはわかってはいるけれども、あなたがツイッターやメディアに現れ露出され発言することで不快な思いをされる方が相当数います。オウムの事件はそれだけ衝撃的なことでしたし、まだまだ風化されているとも言えません。あなたの行動等を知りたいという欲求はぼく自身もありますが、麗華さんあなた自身のためにも露出は一切控えて生きていった方がよいのではないですか?麗華さんはこれからどう生きていきたいと考えているのですか?
ゴラスさんのコメント
を読み、
今、麗華さんに必要な助言であると感じました。
お父さんが指示したかどうか?
ではなく、
紛れもなくあなたの父が、興した宗教法人である
教団が関わった事件であることを
もっともっと真摯に受け止めてください!
麗華さんの世間に対する主張
矛先は、「違う」と思います。
なぜ、あなたたち(と言わせてもらいます。
麗華さんも含めたオウムの人たち)
まだわからないですか?
教団(アレフ)相手に裁判(自身の名誉毀損等で)
やってる場合ですか?
人間として恥ずかしいと思います。
麗華さんは、世間の事を気にすることなく、
本当の麗華さんであって欲しいです。
そうすることで、今の悩みは無くなると思うのですが…
現実問題、そこが一番辛いかもしれませんね。
今の世界は、嘘が真実で、真実が嘘でまかり通ってる世界です。
こんな世の中で、お父さんの事件について、
白黒をつけるのは早計だと思うのですが…
オウム裁判については、
裁判長をはじめ、関係者一味はどこかの傀儡でしょう。
最初からシナリオは決まっています。ようするに茶番劇!
今後は、その実態が徐々に暴かれてくると思います。
多くの人々は、物事の真偽なんて深く考えてはいません。
ただ、テレビや雑誌などのメディアに流されているだけなんです。
その効果を長く持続させるために、自と他の差を明確にし、今を生きるのに必死な日本を作り上げてきたのです。
最後に、以下は、まだ、お父さんの意識がはっきりしていた時期の言葉だと思います。
私の大好きなフレーズです。
「私は、逮捕される前から、そして逮捕された後も、一つの心の状態で生きてきました。
それは、全ての魂に、絶対の真理によってのみ得ることのできる絶対の自由、
絶対の幸福、絶対の歓喜を得て頂きたい、そのお手伝いをしたいと思う心の働き、
そして、その言葉の働きかけと行動、マイトリー、聖慈愛の実践。
絶対の真理を知らない魂から生じる不自由、不幸、苦しみに対して、
大きな悲しみを持ち、哀れみの心によって、
それを絶対の真理により取っ払ってあげようとする言葉と行動、
つまりカルナ、聖哀れみの実践。
絶対の真理を実践している人たちに生じる絶対の自由、
絶対の幸福、絶対の歓喜に対して、それをともに喜び称賛する心、
そしてその言葉の働きかけと行動、つまりムリター、聖称賛の実践。
そして、今の私の心境ですが、これら3つの実践によって、
私の身の上に生じるいかなる不自由、不幸、苦しみに対して、
一切頓着しない心、つまりウペクシャー、聖無頓着の意識。
私が、今、お話できることは、以上です。」
こちらでは初めまして。一般人です。特に宗教に興味がある訳ではありません。
…が、『卒業旅行は…上九一色村にしないか?』なんて半分冗談で言っていました。そんな人間です。(実際に行った方は、『あそこはなかなか良い別荘地だよ』とい言っておりましたが…色々残念です。
Twitter で初めて見かけた時、当方が「本物ですか?」と訪ねた時、あれほど怖がっていた理由が、後になってやっと解りました(鈍過ぎ)私は平気です。
特に信仰を持っている訳でもないですし、破壊活動にも興味はないし。化学実験的には確かに面白そうでしたが(ぉ
本音を言うと、麻原三女と言う呼び方を棄て、本名の松本麗華で完全独立して出て欲しかったのですが…やはり父親とはは大きいもののでしょうか。
阪神大震災の年で、私生活では実家が倒壊する中、国家試験を控えていました。
当時リアルタイムで見ていたので、別件?任意で連行される時の、何か悟った様な目で、
『オウム?信じてないよ…まるで生ゴミでも見るかの様な目線で見られている感覚だよ』
…あの時の醒めきった目と、その言葉・表情・座った雰囲気がが強烈で、今でも忘れられません。
最初、未だ面会出来ない事に驚いたのですが、彼は発病したとしても(それは間違いないと思う)、
その結果、希死念慮が強くなり、実は本気で死にたがっていて、だからこそ父親として遭わす顔が無い
…親族にそんな今の廃人姿を見せたくない・見ない方がいい見てくれるな…と思ってるのではないか、と云う気さえしています。上手く言えませんが。
つまり、極限まで病み人格が崩壊しているとは云え、最低限、自分の娘だと云う事は、分かっている…と思います。
視力障害の辛さはよく解ります。私の場合は、霧の中から見えている様な感覚で、眩しかったり暗闇でみえなかったり、
立体感覚があまり無く、所々視野欠損していて、物をよく落下させたり躓いたりします。
ただ、この程度で『差別され菌』とやらは、私に感染しようがしまいが、無影響です。
それで人が離れるなら、それも仕方ありませんが、端から色眼鏡で見る様な偏見持ちが離れるだけなので気になりません。
まぁ、反射的にドン引きされると流石に説明に困りますがw私は特定の宗教に関わろうとしている訳ではないので、その辺は一線引いておきます。
信者でもなく、麗華氏も教祖でも幹部でもない。父親の罪を、三女というだけで責任を問われたり、親族だから責められたりというのは、やはりおかしい。
当時は、その世界観以外を知らず、その状況・後継者としての立場を知るやいなや、寄ってたかってリンチする社会はどうかしてる。
日本には不思議な解釈があって、これは海外ではあまり聞かない“無過失責任”
…どんどん纏まりの無い読みにくい長文になってしまい、申し訳ない。
あなたは私より年下なのに、大きな人だ…信仰とは全く無関係に、個人として応援しています。では。* ゚*。 ٩(・ิ ・ิ๑)۶٩
私は地下鉄の事件があった時は学生で、今もまだ衝撃的な事件として覚えています。毎日毎日オウムのことがTVでやっていたのは覚えています。
オウムのしたことは絶対に許せないことです。今もまだ事件の被害者達は心身ともに苦しんでいるでしょうし、亡くなられた方や家族は本当に可哀想過ぎます。
が!
麗華さんは当時幼な過ぎて自分の父や周りのしていることを理解するのは無理ですし、いわゆる普通の一般家庭にはない壮絶な環境だったことと想像します。父親は犯罪者、しかもオウムの麻原彰晃…という世間からの目線は想像以上に辛く苦しいと思います。子供は親を選べない、ある意味麗華さんもオウムの被害者だと私は思います。
オウムやアレフの関係者や宗教絡みとは一切を縁を切ること。人間関係も過去にしばられてる間は新しい人間関係はできないです。全く違う世界で私は私!と強く生きてほしいなと私は思います。最終的にやっぱり麻原彰晃の娘だからと言われないように、ブレないで生きて下さい。麻原彰晃の娘だけどと言われるように生きてほしいです。この違いわかりますか?
だから。
だけど。
真逆の意味ですよね!
私は麗華さんを応援しています!
はじめまして。不安定な天候が続いて居ますが体調を崩されたりしていらっしゃらないですか?私は、幼少期から父親の血が繋がっているといった理由で、祖母や叔母から精神的虐待を受けたり、祖父から性的虐待を受けたことや、学校でも暴力的な虐めに合うこともあり不登校を経験しました。精神科に入退院を繰り返し10年以上になり、殆どの時間を閉鎖病棟のなかで生活してきました。私は、心理学や精神医学や哲学、脳に関してとても興味・関心があり、専門書の読み漁りを趣味にしています。色彩を用いたパステルイラストや陶芸も好きです。私は、麗華さんのお父さんが教団を始めるずっと前に拠り所や気持ちを肯定し承認してあげれるオトナたちが居れば、事件にはならなかったと思っています。それから、麗華さんのお父さんを私は本等で知ることしか出来ないですが尊敬をしています。私はどんな罪もたった1人では犯せないと思っています。そこには、積み重ねてきた人との交流や人生が関係していると思っています。私は、書物しか信頼でいますが、麗華さんや麗華さんのお父さんも周りの人たちについても誰が悪いとは犯人探しをするつもりもないです。精神科医も100健全な考えを持ち生きては居ないと思います。私も麗華さんのお父さんの様に秀才な人間であったなら、秀才者だけを会員にした教団をつくってしまうかも知れないです。生きてきた環境や出会いの積み重ねによって、人間誰もが犯罪を犯してしまう可能性があります。麗華さんは、人間世界では承認されない程の秀才な父親を持ってしまったのだと胸を張って生きていて下さい。いつか現人生のなかで直接お会い出来る日が来ることを楽しみにしています。
コメント失礼いたします。
差別する、されると言う気持ちは多かれ少なかれ人を憎む気持ちから生まれるものだと思います。
それをするなと言う気持ちもわかりますが、何らかの信仰心があった方ならばまず自分の行いを悔い改めるべきでは?
それがあってからこそ初めて人に耳を傾けてもらえるとは考えられませんか?
オウム事件の加害者は全員地獄に堕ちろ!!アーチャリーも松本死刑囚と同じくオウム事件の加害者として地獄に堕ちろ!!カエルの子はカエル、松本死刑囚の子もオウム事件の加害者だ!!正義の名の下にオウム真理教の信者全てに正義の鉄槌を下し法の下で裁かれるべきだ。
私はだいぶ苦労したと、自分で思うことがありますが、松本さんの苦労は想像を絶します。私も違う差別をされた経験があります。一時期はふさぎこんで人に関わらない生き方を望んでました。差別と言うのは、厄介な不治の病気だなと感じました。
松本さんは菌ではないですよ。同じ人間です。私は松本さんに関わることも怖くありません。ぜひ食事をご一緒したいくらいですよ。