西田公昭教授からご回答をいただきました。 西田公昭教授からご回答をいただきました。 2018年4月22日 webmaster コメント コメント13件 4月22日、立正大学心理学部、西田公昭教授から、ご回答をいただきました。 これは、4月10日に送付した質問(「西田公昭教授に内容証明にて質問を送りました」)に対するものです。 全文を掲載します。
西田氏は、言葉上の体裁と真意とが一致しているようには思えないですね。 すくなくとも、第三者である私が「カルト二世信者」という表現を聞いて、よい印象は持ちません。単語が意味するイメージがネガティブ的な要素を持つことが多いからだろうと思います。 まして、心理学を専門とする西田氏が、そのへんの影響力を理解していないはずがなく、恣意的に選択して使っていると受け取れますし、事実、松本麗華氏は難色をし得しているわけです。 もし、松本麗華氏を非難する意図がないのであれば、言葉は慎重に選ぶべきと考えます。 返信
西田教授の回答を読むと「カルト二世信者」というのは、親がカルト信者だと子どもは必然的に信者なのだというところを出発点にしているようですね。 自我の発達がない子どもが親によって信者にさせられることが多いからなのでしょう。 西田教授は、二世信者は成長に従って信仰をやめたり、続けたりすると記しています。 ですが、信仰をやめた人にまで「カルト二世信者」という言葉を使うのはよろしくない気がします。 西田教授がどんな意味で使っていようが、西田授の様な立場のある方が記者会見の様な公の場でこの様な発言すれば、松本麗華さんは「現在でもカルトの信者なのだ」と世間から受け取られるでしょう。 さすがに西田さんは教授なのですから、信仰をやめた人にまで「カルト二世信者」として呼ぶことはまずいことは、言葉の問題として分かっていると思います。 おそらく、松本麗華さんのことはよく知らずに、その印象だけで、今でも信仰を続けてオウムの後継団体に属していると思っていたのではないでしょうか。 公安調査庁の報告書にも信者としての名前がないことなど知りもしないのでしょう。 逆に知っていたのだとしたら、教授としての品性を疑いたくなります。 今回、松本麗華さんからこの様な質問状をもらってしまって、帳尻合わせのような苦しい回答をしているように見受けられます。 「信仰をやめていたなんて知りませんでした。申し訳ありません。」と謝罪した方が周りは納得するように思います。 西田教授は、二世信者の悩みにどう応えるかなどの研究をなさっているのすから、二世信者とレッテルを貼られた者がどのような差別を受けるのか熟知していると思われます。 今回、西田教授から公の場で「カルト二世信者」と呼称された松本麗華さんは、信仰をやめているのにも関わらず、「現在でもカルトの信者なのだ」との印象を世間から持たれることになります。 西田教授の発言には、配慮が欠如していたと思わざるを得ません。 返信
これまでのテレビに出演されていた西田さんのコメントを聞いて、公正な立場で取り組んでおられるのだと思っていました。 ご自身はそのつもりなのかもしれないけど、記者会見での発言と今回の回答書を見ると、どうもそうではなかったようで、ちょっと残念です。 一般的に用いられているからといって、差別的ではないとは言えません。「ちびくろさんぼ」や「ジャングル黒べえ」が差別的ということで、出版・放送禁止になったけど、これだって一般的に使われていたわけだし。 何より残念だったのは、本人が傷ついたと言っていることに対して何のいたわりの言葉もなかったこと。 一般的な言葉で傷つけるつもりはなかったけど、傷ついたとしたら申し訳ない、と一言書けば済む話なのに、大人の対応としてどうなの?と思ってしまった。 教授になって偉くなると、そうなっちゃうのかな、、 返信
最初に西田教授がそもそも「カルト二世信者」というのをカルト信者を親に持つ人を指した表現という説明をしてますが、ただカルト信者を親に持つだけで子供は信者でない場合は当てはまらないのではないでしょうか?それを切り分けないで使うという所が名誉毀損に当たると思う。 なぜなら「カルト二世信者」という言葉は、この信者という言葉が表すとおり信者な訳であって信者ではない子供にとってそう言われるのは心外であると思うし、カルトという言葉も一般的にマイナスのイメージであるしオウム関連となればなおさら差別は大きいであろう。 問題なのは西田教授が松本麗華氏を「カルト二世信者」と定義しているところであると思う。私がカルト信者でないのにカルト信者と言われたら怒るし抗議する。松本麗華氏はそれを抗議しているのであって当たり前だと感じた。 返信
酷い回答が届いたものですね。 私は西田さんの記者会見の内容を知らないので、前回のブログの内容では、言葉の選択を誤っただけなのかもしれないとも考えていました。 でも今回、回答の内容を見て、差別意識があるのではないかという印象に変わりましたね。 私の感覚では、内容もおかしすぎる・・・差別に気づかずに差別している方なのでしょうか。 返信
人の属性を表す用語で「差別用語ではありません」と言い切れる用語はないはずなのですが、、、たとえば「男」が差別用語となる場面はたくさんあります。 便宜上「カルト二世信者」という用語を定義したのだとしても西田先生の書いている定義に麗華さん、あてはまりますかね? ヘンだなぁ。 「差別を容認、助長する意図があって使ったわけではありません。」 ならまだわかる。 まあ、でも、アレだよ、アレ。 返信
カルトに入ってる親の子供が二世って事ですが、俺は子供も親と同じ信仰をしているように聞こえてしまします。 二世は、こうゆう使われ方と説明を受けても見た方の多くはその説明とは違う解釈で見ていると思う。 俺の知り合いで親の信仰の宗教とは違う宗教を信仰をしていて親とは仲が悪い人がいます。 本人に君は親のカルト二世とだよ!って言うと本人は怒ると思います。俺は親の宗教信仰してないから!って。 返信
本来多様性を尊重されるべき親子関係に おいて、「カルト」というカテゴリー制限 を極めて狭くされた上で、子どもにとっての マイナス要因を洗い出し、その要因の中の ある一系列に限定した原因を見つけ出し、 「二世信者」なる人の前に線を引くような きびしい区別の意味を含んだ言葉を、あの 記者会見の場で選び発言されたことに非常に 不快感を覚えます。 返信
なんというか、、、西田さんは突っ込まれるのを承知でこの回答をされたのですか、と思ってしまう。 過去に国内で普通に広くつかわれていた言葉でさえも差別用語はありますし。 というかカルト二世信者と呼ばれた時点で、それを聞いた人は「うん?」と身構えるんじゃないかなぁ。少なくともわたしはそう感じました。カルトという言葉によい印象を感じないので。そうならないことあるとしたら、それはどのような例があるのでしょうね。 それに質問の内容をブログで早く公開したから、意義ある面談ができる思えないと断定しているのですが、、、なぜ? 返信
初めまして。 現在都内大学法学部に在籍する者です。 事件を知らない若者世代として、お話を聞きたくコメントさせていただいてます。 メディアの印象操作等によってオウム事件のことが深くねじ曲げられてしまい、麗華様が本当に伝えたいことが伝わっていないように感じます。 私たち事件を知らない若者としては、教訓にもならず、事件を知ることも出来ず決して良いとは私自身思えません。 そこで麗華様から直接オウムについて聞きたいと考えています。 どうか一度、メールをお返しいただけないでしょうか。 待っています。 返信
読ませて頂いた感想としては、 ・西田教授に対して →麗華さんは、発言の根拠を質問してるのであって、発言が差別的発言に当たるか否かは聞いてないです。 差別的発言に当たるか否かは、裁判所が判断するのであって、西田教授が判断することではありません。 ・麗華さんに対して →教授等からの回答が来る前、早い段階で質問上を公開するのは、道徳的には宜しくなかったかなと思います。お辛い立場におられるとは思いますが・・・ お身体に大切に頑張って下さい!応援しています。 返信
「西田公昭教授からご回答をいただきました。」への13件のフィードバック
西田氏は、言葉上の体裁と真意とが一致しているようには思えないですね。
すくなくとも、第三者である私が「カルト二世信者」という表現を聞いて、よい印象は持ちません。単語が意味するイメージがネガティブ的な要素を持つことが多いからだろうと思います。
まして、心理学を専門とする西田氏が、そのへんの影響力を理解していないはずがなく、恣意的に選択して使っていると受け取れますし、事実、松本麗華氏は難色をし得しているわけです。
もし、松本麗華氏を非難する意図がないのであれば、言葉は慎重に選ぶべきと考えます。
西田教授の回答を読むと「カルト二世信者」というのは、親がカルト信者だと子どもは必然的に信者なのだというところを出発点にしているようですね。
自我の発達がない子どもが親によって信者にさせられることが多いからなのでしょう。
西田教授は、二世信者は成長に従って信仰をやめたり、続けたりすると記しています。
ですが、信仰をやめた人にまで「カルト二世信者」という言葉を使うのはよろしくない気がします。
西田教授がどんな意味で使っていようが、西田授の様な立場のある方が記者会見の様な公の場でこの様な発言すれば、松本麗華さんは「現在でもカルトの信者なのだ」と世間から受け取られるでしょう。
さすがに西田さんは教授なのですから、信仰をやめた人にまで「カルト二世信者」として呼ぶことはまずいことは、言葉の問題として分かっていると思います。
おそらく、松本麗華さんのことはよく知らずに、その印象だけで、今でも信仰を続けてオウムの後継団体に属していると思っていたのではないでしょうか。
公安調査庁の報告書にも信者としての名前がないことなど知りもしないのでしょう。
逆に知っていたのだとしたら、教授としての品性を疑いたくなります。
今回、松本麗華さんからこの様な質問状をもらってしまって、帳尻合わせのような苦しい回答をしているように見受けられます。
「信仰をやめていたなんて知りませんでした。申し訳ありません。」と謝罪した方が周りは納得するように思います。
西田教授は、二世信者の悩みにどう応えるかなどの研究をなさっているのすから、二世信者とレッテルを貼られた者がどのような差別を受けるのか熟知していると思われます。
今回、西田教授から公の場で「カルト二世信者」と呼称された松本麗華さんは、信仰をやめているのにも関わらず、「現在でもカルトの信者なのだ」との印象を世間から持たれることになります。
西田教授の発言には、配慮が欠如していたと思わざるを得ません。
これまでのテレビに出演されていた西田さんのコメントを聞いて、公正な立場で取り組んでおられるのだと思っていました。
ご自身はそのつもりなのかもしれないけど、記者会見での発言と今回の回答書を見ると、どうもそうではなかったようで、ちょっと残念です。
一般的に用いられているからといって、差別的ではないとは言えません。「ちびくろさんぼ」や「ジャングル黒べえ」が差別的ということで、出版・放送禁止になったけど、これだって一般的に使われていたわけだし。
何より残念だったのは、本人が傷ついたと言っていることに対して何のいたわりの言葉もなかったこと。
一般的な言葉で傷つけるつもりはなかったけど、傷ついたとしたら申し訳ない、と一言書けば済む話なのに、大人の対応としてどうなの?と思ってしまった。
教授になって偉くなると、そうなっちゃうのかな、、
最初に西田教授がそもそも「カルト二世信者」というのをカルト信者を親に持つ人を指した表現という説明をしてますが、ただカルト信者を親に持つだけで子供は信者でない場合は当てはまらないのではないでしょうか?それを切り分けないで使うという所が名誉毀損に当たると思う。
なぜなら「カルト二世信者」という言葉は、この信者という言葉が表すとおり信者な訳であって信者ではない子供にとってそう言われるのは心外であると思うし、カルトという言葉も一般的にマイナスのイメージであるしオウム関連となればなおさら差別は大きいであろう。
問題なのは西田教授が松本麗華氏を「カルト二世信者」と定義しているところであると思う。私がカルト信者でないのにカルト信者と言われたら怒るし抗議する。松本麗華氏はそれを抗議しているのであって当たり前だと感じた。
酷い回答が届いたものですね。
私は西田さんの記者会見の内容を知らないので、前回のブログの内容では、言葉の選択を誤っただけなのかもしれないとも考えていました。
でも今回、回答の内容を見て、差別意識があるのではないかという印象に変わりましたね。
私の感覚では、内容もおかしすぎる・・・差別に気づかずに差別している方なのでしょうか。
人の属性を表す用語で「差別用語ではありません」と言い切れる用語はないはずなのですが、、、たとえば「男」が差別用語となる場面はたくさんあります。
便宜上「カルト二世信者」という用語を定義したのだとしても西田先生の書いている定義に麗華さん、あてはまりますかね?
ヘンだなぁ。
「差別を容認、助長する意図があって使ったわけではありません。」
ならまだわかる。
まあ、でも、アレだよ、アレ。
カルトに入ってる親の子供が二世って事ですが、俺は子供も親と同じ信仰をしているように聞こえてしまします。
二世は、こうゆう使われ方と説明を受けても見た方の多くはその説明とは違う解釈で見ていると思う。
俺の知り合いで親の信仰の宗教とは違う宗教を信仰をしていて親とは仲が悪い人がいます。
本人に君は親のカルト二世とだよ!って言うと本人は怒ると思います。俺は親の宗教信仰してないから!って。
本来多様性を尊重されるべき親子関係に
おいて、「カルト」というカテゴリー制限
を極めて狭くされた上で、子どもにとっての
マイナス要因を洗い出し、その要因の中の
ある一系列に限定した原因を見つけ出し、
「二世信者」なる人の前に線を引くような
きびしい区別の意味を含んだ言葉を、あの
記者会見の場で選び発言されたことに非常に
不快感を覚えます。
なんというか、、、西田さんは突っ込まれるのを承知でこの回答をされたのですか、と思ってしまう。
過去に国内で普通に広くつかわれていた言葉でさえも差別用語はありますし。
というかカルト二世信者と呼ばれた時点で、それを聞いた人は「うん?」と身構えるんじゃないかなぁ。少なくともわたしはそう感じました。カルトという言葉によい印象を感じないので。そうならないことあるとしたら、それはどのような例があるのでしょうね。
それに質問の内容をブログで早く公開したから、意義ある面談ができる思えないと断定しているのですが、、、なぜ?
初めまして。
現在都内大学法学部に在籍する者です。
事件を知らない若者世代として、お話を聞きたくコメントさせていただいてます。
メディアの印象操作等によってオウム事件のことが深くねじ曲げられてしまい、麗華様が本当に伝えたいことが伝わっていないように感じます。
私たち事件を知らない若者としては、教訓にもならず、事件を知ることも出来ず決して良いとは私自身思えません。
そこで麗華様から直接オウムについて聞きたいと考えています。
どうか一度、メールをお返しいただけないでしょうか。
待っています。
読ませて頂いた感想としては、
・西田教授に対して
→麗華さんは、発言の根拠を質問してるのであって、発言が差別的発言に当たるか否かは聞いてないです。
差別的発言に当たるか否かは、裁判所が判断するのであって、西田教授が判断することではありません。
・麗華さんに対して
→教授等からの回答が来る前、早い段階で質問上を公開するのは、道徳的には宜しくなかったかなと思います。お辛い立場におられるとは思いますが・・・
お身体に大切に頑張って下さい!応援しています。
いつも応援してます。
先日滝本弁護士に対して訴えを起こされたと
聞きましたが本当ですか?
それはなぜでしょうか⁈
ちなみに個人的にはあの弁護士は嫌いですw