「お父さん本当は目、見えるんでしょう?」
マスコミはどうでしょうか。
マスコミは、父は悪魔のような独裁者で、詐病を装ってはばからない卑劣で矮小な人間という人物像を作り上げました。
そのような人物像と、全盲の障害者というのは相容れません。
それに、もし全盲の障害者と認めてしまっては、マスコミは裁判所のやり方などに、疑義を呈さなければならなくなってしまうかもしれません。
マスコミは自分たちがつくった人物像を守るため、また、自分たちの責任から目を背けるために、父を調べもせずに「有視力者」としたのです。
わたしはマスコミに幾度も取材を受けてきました。
取材では、いつも同じようなやり取りがありました。
「お父さん本当は目、見えるんでしょ?」
「いえ、全盲です」
「見えるんじゃないの?」
「わたしが子どものころから、何も見えていません」
と答えると、途端にマスコミの人は興味を失いました。
全盲だというわたしの言葉が、報道されることもありませんでした。
まさしく、父が全盲であることは、隠蔽せねばならぬ事実だったのです。
「「お父さん本当は目、見えるんでしょう?」」への2件のフィードバック
ミスタースポックのバルカン思考
バルカンの論理思考で麻原彰晃を検証すると、一つのバルカンとの共通性が観て取れる、
過去のNHKの一連のオウム事件を特集した番組で、そのNHKの取材での元オウム在家信者の自宅に保管されていた。700本以上ものオウムの麻原彰晃の信者達への説法と弟子との会話を録音したカセットテープがあり、
これらの膨大な麻原彰晃の肉声テープは一連の事件騒動の中で、その在家信者の自宅に警察の強制捜査が行われたにも関わらず、何故か警察によるその押収が一切されずそのままだったとの事、
その残された膨大なテープをNHKがこの元オウム在家信者から全て借り受けてそのテープの麻原彰晃の説法と弟子との会話の全てを文に興し反訳しその詳細を各専門家ならにより分析し恐らくそのテープその物も将来の劣化を考え全てCDにダビングしてオウムとその麻原彰晃に関する貴重な資料としてNHKに保管されていると思われる、
その膨大な麻原彰晃の肉声の発言の中で注目する発言がある、それは麻原彰晃と弟子の上祐氏との会話での麻原彰晃が人間を動物以下と位置付ける内容の発言である、
その麻原彰晃が人間を動物以下とする理由として人間の過去の殺戮の歴史や自然破壊の現実を麻原彰晃は挙げている、
つまり麻原彰晃とそのオウム真理教にはそもそも人間ん動物以下と規定するその潜在的な要素があり、それはあくまで人間の本能と自然破壊の現実に基づいている、
この事の原因てしてはその教祖の麻原彰晃を担った松本智津夫の生い立ちでの背負わされた視覚障害の原因である水俣病が大きく起因する、
つまり麻原彰晃とそのオウム真理教は水俣病をその元凶として発生したと思われる、それは麻原彰晃とオウム真理教は水俣病の人間による自然破壊がその根底にあると言える、
仏教はそれを成立させる方便のツールに過ぎない、
麻原彰晃とそのオウム真理教のキーワードは人間の自然破壊による水俣病である、
人間の水俣病での自然界に対するその蛮行こそが、オウム事件の最大の元凶と言える、
麗華さんは他の何よりその事実を学ぶべきである、
ミスタースポックのバルカン思考
スタートレックtosにこの様な話がある、エンタープライズが航行中に宇宙をさ迷うある惑星基地から盗み出された宇宙シャトルを発見する、
その宇宙シャトルは空中分解寸前で分解する直前にその乗組員全員をエンタープライズは転送で救出収容する、
収容してみるとそれは宇宙でヒッピーとしてさ迷い暮らす若者のグループであった。そしてそのヒッピーの若者達を率いそのリーダーが元は著名な科学者でありその彼は長年その人工的管理された無菌の環境で生活した事で逆に深刻な感染症に感染しており、その彼はその事でのショックから精神を病み正気ではなかった。
その彼は自分が感染したのは人工的に管理された環境で無菌の空気の中で長年に渡り暮らしたせいと考え、あくまで自然に拘り人工的に全く管理されない自然の空気の中で暮らす惑星エデン探し求め、それに同調する若者を率いて宇宙をさ迷っていた。
その彼は異常に自然に拘り、管理社会や無菌の空気を嫌い正気ではなかった。しかし何故かその正気ではない彼に対しミスタースポックは同情的でその彼の考えに賛同し彼の代わりに惑星エデンを探す様になる、
エンタープライズでその若者のヒッピー達の音楽会にミスタースポックは自らもバルカンの楽器で参加しそのヒッピーの若者達との交流を深める、
そしてそのヒッピーの若者達とそのリーダーの彼が探し求める惑星エデンが見つかり、そのヒッピーの若者達とリーダーの彼はエンタープライズから宇宙シャトルを盗み出して惑星エデンに降り立つ、
しかしその惑星エデンは見た目は当に自然の楽園でその山や森や湖など美しいがその植物は全て強い酸性で猛毒の自然であり、人の住めない住めば死ぬ惑星であった。
後から追って来たカーク船長やミスタースポック達にそのヒッピーの若者達は保護されエンタープライズに連れ戻されるが、そのヒッピーのリーダーの彼は戻る事を拒否してその惑星の木に登りその猛毒の実を食べそのまま死んでしまう、
あとのヒッピーの若者達はエンタープライズに連れ戻され宇宙基地で下ろされる別れ際にミスタースポックがそのヒッピーの若者達の一人の女性に本当の惑星エデンをこれからも探し求めてもしその惑星エデンがなけれは自分達で惑星エデンを創造し造る様にとミスタースポックがその若者に別れ一言を贈るエンディングである。
形而上学に全ての真理や摂理は自然に内在するとある、人間は自然に生まれ自然に生き自然に帰る、そして自然を目指すのが人間の在り方である。それは現代においては決して何万年も前の原始生活をする事ではない、そうでなければ人類の科学や技術や医学など全て無駄になってしまうあくまで螺旋的な自然への回帰である、
お父さんはその自然への回帰の在り方が間違っていた。過ったエデンを求めたのである、そしてお父さんはその過ったエデンを創造しそのエデンで禁断の猛毒の実を食べ自滅した。
その娘の麗華さんはそのお父さんの意思を受け継ぐもお父さんの過ちを繰り返してはならない、ある意味でお父さんを克服しなけばならない、
これらはミスタースポックから多くを学ぶべきである、