「まさか……」 ふくれあがる不安

「まさか……」 ふくれあがる不安

2004年8月17日、まず姉が、家族ではじめて父と接見できました。
弁護人が父と一切意思疎通できなかったため、姉から父に弁護人選任の経緯などを説明することになりました。
弁護人から姉は、「おそらく、あれは詐病じゃない。本当に病気だ。○ちゃんが行っても、わからないかもしれない。覚悟しておいたほうがいい」と覚悟を求められたそうです。
とはいえ、そういうお話があったにもかかわらず、わたし同様、姉も父が病気だとは信じていませんでした。
姉が接見した後はわたしが、続いて他の妹弟も接見できるようになりました。
接見の際には必ずノートを持参し、記録を取ることを心がけました。
接見ができるようになった当初、父との再会を待ちわびていたわたしたちは、話したいことがたくさんあったため、ひたすら父に話しかけ続けました。
父は相づちを打ち、笑い、わたしたちの話を聞いてくれているように思えました。
しかし、話し続けるうちに、父はわたしたちなど認識できていない。
ただ、脈絡もなく笑い、相づちのようにとれる"音"を発しているだけではないか。
弁護人の先生の言うとおりなのではないかという不安がわいてきました。
接見を重ねるにつれ、その違和感と不安は急激にふくれあがっていきました。
 

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