意味がある相づちか、単なる音か
わたしにとって4度目の接見のとき、父の発する音が相づちなのか、あるいは何の脈絡もないものなのかを確かめるため、わたしたちは接見の途中に、一つの試みをしてみることにしました。
接見終了までの9分間、沈黙したのです。
沈黙するわたしたちの前で、父は突然笑い、一人「うん、うん」「えやいん。うん。えんん」と音を発し続けました。
その次の接見では、わたしは最初から刺激がなければどうなるのだろうと思い、「おはようございます」とだけ言い、黙って父の様子を見守りました。
わたしが黙っているあいだに父が相づちのような音を発し始めれば、それは脈絡も意味もない「音」になってしまいます。
拘置所は父が意味のない「音」を発していることを、悟られたくなかったのでしょう。
話をしなければ、接見を打ち切ると通告してきました。
しかし、しゃべり続ければ、必ずどこかの時点で「うん、えん、いん」という相づちのような音が重なり、「家族と意思疎通ができている」とうそをつかれてしまいます。
その後の接見でも、わたしたちは話しかけたり沈黙したりして、父の様子を見守りました。
やがて、わたしたちは、父が発する相づちのような音に、何の脈絡も、意味もないことを悟りました。